第56回文化祭(2007年) / 筑駒文化祭の歩き方(巡回プラン紹介) / 高3特別班 / 筑駒文化祭写真(過去ログ)
概要 †
| 2008年筑駒文化祭の詳細については「第57回文化祭」へ |
はじめに †
筑波大学附属駒場中・高等学校において最大のイベントとされる学校行事である。中学1年生から高校3年生の全ての学年が参加し、多くの生徒が積極的に活動を行っている。
筑駒文化祭は、生徒の自由度が高いことが特徴である。例えば、高校三年生の結成する高3特別班ともなると、数百万円単位の金銭管理が生徒に一任されており、どのように儲け、どのように使うかは基本的に生徒の判断に委ねられている。
来場者は例年1万人を越えており、近年は増加傾向にある。客層は地元の小学生や中学受験生、その保護者?、更に生徒の保護者?、親戚に加えて、近隣の女子中高生も多く来場する。
イベントの内容は様々で、生徒の研究発表などの展示は中学校低学年や文化系の団体が、演劇や映画は中学校高学年や高校生らが中心となって行われている。他校と比較して演劇の上演が非常に多く、クラス単位での演劇活動が極めて活発だという特徴がある。
文化祭の性質は、麻布・慶應のように収益目的の団体と趣味的な団体が好きなように参加し、巨大ステージイベントが全体を束ねる大学学園祭的な娯楽型の文化祭と、女子高や一部の大学附属校のように地味に研究内容を発表する学習型の文化祭とも異なっており独特の盛り上がりを見せている。
オタクが多いという評価とは裏腹に、カッコいい生徒は意外に多いが、全生徒が全力で活動を行っているためか、女子中高生の多さと比較するとナンパはあまり活発ではない。ただし塾の女友達と会って色々と案内するという光景は珍しくない。ナンパが多いばかりで内容の無い文化祭にうんざりしている他校生や、受験生の保護者からは評価が高い。
開催時期 †
2006年文化祭の開催日時は
11月3日(金) 9:30〜16:30
11月4日(土) 9:30〜16:00 (16:30〜18:30 中夜祭)
11月5日(日) 9:30〜16:30 となっている。
他校との比較 †
私立中高一貫校では、受験への影響等の理由から春に開催されることも珍しくないが、筑駒文化祭では例年11月最初の連休頃に開催されている。
入場方法 †
チケット制は採用されておらず、誰もが自由に入場することができる。
なお、2005年の中夜祭は、TBS系列のバラエティ番組「学校へ行こう!MAX」に出演したダンスグループ・「筑6?」への人気が高まり、この時間帯に限ってチケット制が導入された。
詳細 †
内容 †
ホームルームの演劇、文化系団体の展示・実演、高3諸団体のイベントなどが中心である。体育系の団体は参加しないのが通例である。
中学低学年のホームルームは主に展示を行う。展示の分野は社会、歴史、政治、化学、天文、メディア、音楽、保健体育など多岐に渡り、ほとんどのクラスで実演やビデオ上映などの面白いイベントを用意している。展示というジャンルながら、実際には参加者が主体となって参加できるクラスが多い特徴がある。筑駒は学究的な色彩の濃い学校であるが、学術的な研究発表はほとんど行われない。 → 2001年文化祭写真
中学高学年から高校ホームルームにかけては映画、演劇が主に行われる。特に筑駒文化祭ではホームルーム演劇のレベルの高さに定評があり、それゆえ逆に演劇系の部・同好会が長い間作られずにきたほどである。演劇・映画の製作は本格的であり、脚本の準備、演技指導、大道具製作、小道具製作など市販品に頼らず自力で最後まで作り上げられている。他クラスとの競争は熾烈を極め、客引きの宣伝も活発である。ちなみに演出家の野田秀樹は本校出身であり、野田氏が高校2年生のとき(1972年)に処女戯曲「アイと死をみつめて」が上演されている。
以前、ホームルーム演劇は各教室で行われていたが、近年は大シアター、小シアターという特設スペースに集約されることが多い。自クラスの教室を用いるホームルームは極めて少数である。
文化系団体は、各団体の趣旨に沿った発表・実演などがなされており、サークル費用を捻出するための模擬店参加は行われていない(そもそも本校では高3以外の団体が販売等を行うことは認められていない)。生物部や化学部などサイエンス系の団体の研究内容はいずれもレベルが高く、校外の研究発表会で入賞した研究もある。ただし、小学生などでも楽しめるような「見て楽しめる」イベントも盛りだくさんであり、いずれの団体もバランスの取れた展示がなされている。鉄道研究部やパーソナルコンピュータ研究部など、趣味系の団体も自ら模型やプログラムを操作するといった参加型の展示方法に努めている。
実演系団体として、筑駒ジャグラーズが長年にわたり多くの客を楽しませている。この団体は、校舎脇の広場で大道芸(ジャグリング)を次々に見せる組織である。お手玉や中国ゴマといったものからたいまつを使ったものまで、幅広く芸を見せており、観客の歓声が途切れることがない。今では筑駒文化祭の名物の一つともいえる。また音楽部やバンドなど演奏系の団体も各所で公演を行っている。
校舎に限りがあるため学校側からの展示は限定されているが、美術科が中学生、高校生の作品を、地理科が学外の企画での入選作品(環境地図)を展示するなどしている。
卒業生や保護者が文化祭に参加する学校も多いが、筑駒では特に参加はせず、生徒に全面的に委任する形となっている(バザーに近い内容も高3生が管理を行っている)。
組織 †
中高各クラスから選出された委員により構成される文化祭実行委員会が、諸団体の調整と監督、事務管理の統括を行う。中学生徒会や高校自治会は部分的に参画する形式となっているが、その境界については毎年微妙な変化がある。
各団体はデコレーション責任者(通称「デコ責」)という内部の統括責任者を置き、特に展示系の団体ではデコレーション責任者が中心となって活動が行われる。なお各HRから選出された文化祭実行委員は、HRから離れて活動を行うことが多く、クラスの文化祭運営に関与することはあまりない。
飲食物の提供やステージイベントの運営は高校3年生が運営する高3特別班が担当する。クラスや部・同好会が模擬店を出展することが多い他校の文化祭と異なり、飲食物の提供は高3特別班に独占されている。
高3特別班 †
高校3年生が公益的機能を扱う班を結成し、その運営を行う組織である。
| 詳細については「高3特別班」へ |
主な班は以下の通りである。
- ステージ班
中庭のステージのイベント運営を行う。
- 食品班
中庭で飲食物の提供を行う。
- 縁日班
オークションやアトラクション、古本市の運営、駄菓子の提供を行う。
- 喫茶班
落ち着いた空間での飲食物の提供を行う。
- 演劇班
HRより一段上の演劇を行う。
- コント班
コント用のシアターなどでお笑いイベントの提供を行う。
他校との組織比較 †
毎年2万人以上の来場者を集める麻布学園文化祭では、直接選挙により選ばれた文化祭実行委員長の下で、文化祭の事務管理、衛生管理、企画運営のみならず、飲食物の提供(ただし各サークルが提供する分もある)、ステージイベントの企画運営が文化祭実行委員会の手で行われている。筑駒でいうところの、生徒会、自治会が主に担当する会計事務や、高3食品班や縁日班が担当する飲食物の提供、高3ステージ班が担当するステージイベントの企画運営までも含んでいることになり、筑駒の文化祭実行委員会と比較すると非常に巨大な組織であることが分かる。
麻布ではクラスが解体され、サークルごとの参加が基本となる大学学園祭方式であるため、混沌とした諸集団を束ね、強大な権力で牽引する役割として文化祭実行委員会が機能しているが、筑駒では部同好会、クラス、特別班へと機能整理と細分化がされており、文化祭実行委員会はいわば「小さな政府」として管理・監督の役割を果たすに過ぎない。両校とも自由な文化祭として知られるが、その組織構造は大きく異なっている。
麻布型の組織構造では、資金力を持った組織であり、かつ広範な裁量権と実行部隊を備えた文化祭実行委員会が頂点に立つため、毎年自由かつ柔軟にイベントを運営できるメリットがある。しかし、トップの独断専横で民意が離れる可能性があり、財政面でモラルハザードを生じる恐れもある。また会計面での監査体制が不十分であることからトラブルも生じうる。このような点がデメリットといえよう。文化祭実行委員会がいわば文化祭実行株式会社として機能しているが故の問題である。
一方の筑駒型の組織構造では、各団体の軋轢が少なく、トラブルレスの組織運営が期待でき、各団体の競争意識により、金儲けを気にせずに純粋に成果を競い合える点がメリットである。しかし、各団体の役割が硬直化している結果、変化に対応しにくく、文化祭実行委員会の統制をイベント全体に及ぼすことが極めて困難である点がデメリットである。文化祭実行委員会がいわば文化祭実行省として機能しているが故の問題である。
以上のように、同じ「自由」でも校風の違いが文化祭にも如実に現れていると言えるだろう。
来場者数 †
| 年 | 人数 |
| 2000年 | 6,956人 |
| 2002年 | 10,354人 |
| 2004年 | 10,816人 |
| 2005年 | 11,117人 |
| 2006年 | 11,495人 |
| 2008年 | 12,208人 |
名称 †
筑駒文化祭は俗称である。正式には筑波大学附属駒場中・高等学校第○○回文化祭という名称となる。なお、樋口貞三校長(当時)は、始業式での挨拶で「ビビンシア祭」へ改名しようと提案したことがある。 (ビビンシアとは、樋口貞三・元校長が気に入っていた「生きた体験」というスペイン語である)
歴史 †
- 1952年(第01回)第1回文化祭が開催される(研究発表・演奏・講演・演劇・舞踊等)
- 1953年(第02回)第1回音楽祭が文化祭と併行して開催される
- 1960年(第09回)後夜祭始まる
- 1967年(第16回)文化祭で各賞の表彰はじまる
- 1968年(第17回)安保に関する五政党の講演会開催
- 1972年(第21回)野田秀樹の処女戯曲「アイと死をみつめて」が上演される
- 1973年(第22回)後夜祭廃止、中夜祭に変更
- 1974年(第23回)ミス駒場はじまる
- 1977年(第26回)高3のみクラス参加制から特別班制へ移行
- 1988年(第37回)演劇班、オープンスペースへ移動(7号館竣工による)
- 1993年(第42回)討論班登場
- 2001年(第50回)コント班登場、喫茶班が50周年記念会館へ移動
- 2002年(第51回)来場者数1万人突破、武道館シアター新設
- 2005年(第54回)新演劇シアター新設、中夜祭チケット制導入
- 2006年(第55回) 食品班移動、高2HR解体、大小シアターの名称へ変更
(創立60周年記念会誌、若葉会報第53号参照)
関連情報 †
闇駒内 †
- 筑駒文化祭特集(2005年までの情報) http://www.yamikoma.com/bunka/
- 筑駒文化祭写真 文化祭の写真についてはこちらを参照
関連項目 †
添付ファイル:
Last-modified: Tue, 07 Apr 2009 22:43:42 JST (517d)








